おもいやりNo.08『終戦記念日に想うこと』

【戦後79年】

私は、今年の1月で70歳にならせていただきました。

私の好きな歌に『群青』(谷村シンジ)があります。

我より先に旅立たざるを得なかった。しかし、お前1人ではなかった。母のために、兄弟姉妹のために、お前が若くして尊い命を捧げた! それを許さなくてお前が浮かばれようか。そのように何度も何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに、張り裂けんばかりの気持ちも分かって欲しい。待っていておくれ、母も必ずお前のもとに行くからね。

平成17年町長選挙に出馬させていただいた時に、遺族会のご婦人が涙した時に話された内容が今も忘れられない。

国からの紙っ切れ一枚で、若くして出兵させられた御主人が亡くなったことが信じられなかった。毎朝玄関を開ける音を聞き、目覚めたことか……

胸の中から取り出し見せてくれた、若く凛々しい顔が忘れられない。

50余年、肩身離さずしたい続けた方々の想いが忘れられようか。

私の母の2人目の父が、旅立つ時に12歳の母にいい遺した言葉が「生まれてくる弟を頼むぞ」 その弟も父の帰りを待たずに亡くなってしまったそうです。

物質(お金)だけが生きがいの様な虚無的な生き方でなく、誰かの為にと考え喜びが持てる人々にならなければ、申し訳ない。そう考えるのです。 母からは、ビルマ(ミャンマー)で亡くなったと聞いていましたが、歩兵としてニューギニアで最後を迎えたようです。

この戦死者の遺族年金があったから、今のわたしも存在する事ができたのです。

2024年8月8日